2007年07月20日

参議院議員選挙

 投票日が近づいて来た。日本を良くするためにも必ず参加してほしいものである。決して自分ひとりが行かなくても関係ない、めんどうだから行かないなどとは言わず参加してもらいたいものだ。
 なぜ政治家が多くの一般国民をないがしろにするような政治をおこなう傾向にあるのか考えていただきたい。私はその原因のひとつは投票率の低さにあるのではないかと思う。
 私の考えはこうだ、政権与党の支持者が全体の25パーセントだとしよう(支持率25パーセントである)。さて与党は選挙で勝つことができるだろうか。楽ではないがそう難しくもない。なぜならば、投票率が40パーセント程度ならば過半数かその前後の議席獲得は可能なのである、理由は簡単だ与党支持者(全体の25パーセント)のほとんどは投票に行くだろう。しかし残り75パーセントはどうだろうか、野党支持者がいくらか行く程度で他はほとんど投票にも行かず愚痴ばかりこぼすような人々だからである。このような状態で与党はどこを向いた政治を行うだろうか、当然投票に向かう可能性が高い25パーセントの人々を向いた政治になってしまいがちである。当然である自分たちの政治家とういう立場を守るためには万民を向くより一部支持者を向いたほうがよいのだからだ。
 このような状態をなくすためにもすべての有権者が投票するべきである。支持政党、支持者が決まらなければ白票でもいいのである、大事なことは"投票する意思がある"、"政治に関心を持っている"ということを政治家たちに示す必要があるのである。
 私たち国民に利益をもたらさない政治家はただちに国政の場から退場いただかねばならない。そのための選挙である是非ともひとりでも多くの有権者に投票所に足を運んでいただきたい。
posted by ちぃ〜。 at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2007年07月10日

参議院選挙

 国会も閉幕し参議院選挙が本格化しだした。各党首の街頭演説、メディア出演もよく見かけるようになった。
どうやら注目は年金問題のようだ。安倍政権は厳しい選挙戦となるだろう。首相の人柄、この1年弱の実績とは関係ないところで支持率は大きく下がり、過半数確保は難しい情勢だ。
 さて有権者どうだろうか、選挙に行く気すらないものはさておき何を決め手に投票するだろうか。支持政党、支持者がいる人達は不安を抱えながらも、期待を込め投票に向かうだろう。しかしそれ以外の人たちはどうだろうか、おそらくこれから数週間のメディアからの情報や各候補者、党首の発言に一喜一憂することだろう。しかしそれでよいのだろうか、衆議院解散がなければこれから2年間国政選挙は行われない。つまり今後2年間の日本の政治の方向性を決めることとなる大事な選挙である。
 私は思う年金も大切だがそれだけにとらわれてはいけない、日本の未来についてどうすればいいのか考えるいい期間ではないだろうか。テレビのコメンテーターやアナウンサーのコメントなどに左右されてはいけない。彼らの知識など普通の人々とほとんど変わらない、それを聞くよりは自分で考えたほうが正解だ。自分は年金をもらえるのか、損をしないためにはどうしたらいいのかだけではなく、大所高所での判断したいものだ。
posted by ちぃ〜。 at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2007年06月19日

心の不安

 人間とは常に自らの事しか考えないものである。ひとりの時や少数単位(家族や友人)の中にいるときは、周りを見ていられるが大きな集団の中となるとガラリとその状況が変わる。とかく自分だけは良くありたいと考えてしまうようになる。この考え方は時代、性別、おかれた環境まったく関係ない。全ての状況において当てはまる。一人では何もできない、またはどうする事も出来ないことの不安からそうなってしまうのかもしれない。ただこのような自分勝手な集団はとかくみっともない(中にいる人間たちはそうは思っていない)。幾度となく接し見てきたが、情けなるばかりである。当然正論には聞く耳持たず。自分がよければそれでいい、またはすべてが悪いのだから自分だけが良くある必要ない。行き着く先は環境が悪いだから何とかしろ。環境とは社会や政府である、一人ひとりの積み重なりがそれ作っているのにもかかわらず。自分は関係ない、でも人より良くありたいと考え行動てしまう。
 強権を振るう指導者かヒーローが必要なのかもしれない。しかし私はそのような社会は望まない。国家の主権は常に国民にあるべきはずだから。
posted by ちぃ〜。 at 16:14| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

2007年06月13日

年金問題

 国民の最も関心の高い政治課題といえば今は年金問題だろう。毎日のように報道され誰もが関心を持っているのではいだろうか。しかし、消えた年金などと銘打たれた社会保険庁がらみの報道ばかりに目を向けていても仕方がない。起きてしまった以上これからどうするかのほうが重要である。事実上崩壊した年金政策、立て直しは容易ではない。
 現在の年金制度は若い世代が支払った社会保険料を、高齢者に年金として給付する賦課方式と呼ばれる方式になっている。つまり、若い時に積み立てて高齢になってからそれを受け取るという考えは間違いである。多くの国民が勘違いしているであろうここから、今後を考えていかんければならないのではないだろうか。
 政府、社会保険庁の責任は問われるべきであるが、それと同時時そのような政府や社会保険庁を野放しにし続けた国民にも責任はあるはずである。誰かのせいにばかりしていては問題は解決しない。もはや全ての人が円満に解決する方法など存在しない。
 第一に給付を圧縮する必要がある、一律の引き下げは不可能だが、年金給付の必要がない高齢者が多くいるのも事実だ、一律の給付圧縮も含め、メリハリのある給付を実施していく必要がある。その上で生活困窮者が発生する場合は生活保護制度を見直すことにより対応することも必要となってくるはずだ。現在の生活保護制度は使い勝手が悪いうえ厳しすぎる。若者への生活保護は労働意欲を持たせる意味で厳しくあるべきだが高齢者は救済保護されるべきである。
 納付の問題も解決しなければならない。現在全体の半数近くが保険料未納者でいるのは正常な状態ではない。先にも述べたが日本の制度は将来給付を受けるために保険料を支払うのではない、現在の制度を保つために必要なのである。この点から社会保険料の納付ではなく社会保険税として一律の徴収も今後議論が必要ではないだろうか。
 一度大きくなった不審はもう回復しない、政府が強制力と責任を持ってい制度を見直し、国民もそれを受け今後を考えていかなければならないはずである。
 百年安心の年金制度など存在しない。その時代に合った政策を常に改革しながら進めていくべきである。選挙前の急場しのぎに不信を振り払おうとしても無駄である。一年、二年で解決するような問題ではない。日本国民すべてがよく考える時期である。
posted by ちぃ〜。 at 19:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治

2007年06月12日

間もなく参議院選挙

 参議院選挙が近づいてきた、また名前だけを連呼し続け練り歩くどぶ板選挙の始まりである。

「○○です。一生懸命頑張ります。お願いします。・・・・」

ひたすらに繰り返し叫び続けられる数週間。いったい何の意味があるのだろうか、政治信条を語るわけでもなく、政策を論じるわけでもない、平身低頭ただひたすらにお願いするばかりである。民主主義国家の選挙とはとても思えない。このような姿が戦後日本では延々と続いてきた。
 誰に責任があるのだろうか、私は思う主権者たる国民の責任である。有権者の半数以上が投票所にも行かず政治に関心すらない。このような多くの無関心がこの状態を作り出している。
 権力者とは常に無関心な国民を好む、自分たちにとってよい社会であるため、自由な政治を進めやすいからだ。権力者とは政治家ばかりではない、官僚や富める企業家たちもそうである。
 変えていかなければならない。日本は病んでいる多くの問題を抱えながらも放置され続けてきた。変えるのは政治家ではない国民である。自分一人が投票しても何も変わらないなどとは思わず。まず関心を持つこと、投票所に行って一票を投じるべきである。たとえそれが白票でもかまない。意思を形にすることが大切である。間もなく選挙が始まる、民衆の信頼を勝ち得る政治家こそ真の政治家である。そしてその信頼を託すのは主権者たる国民ではないだろうか。
posted by ちぃ〜。 at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治